昨日は出ていたのに、今日は出ない。上のソから先が、かすれるか、ひっくり返るか、悲鳴のような音になる。クラリネットを続けていると、多くの人が一度はアルティッシモ音域(第3レジスター、いわゆる最高音域)の壁にぶつかります。
そして、たいていの人がまっさきに疑うのが自分の口です。噛み方が甘いのか、口の形が悪いのか。ところが実際には、原因が唇にある割合はそれほど高くありません。順番を間違えて口だけをいじると、かえって迷路に入り込みます。
この記事では、疑うべき場所を「楽器 → 息 → 口の中 → 唇」の順に並べ直します。先にひとつお断りしておきます。奏法は人によって差が大きく、唯一の正解はありません。ここに書くのは一般に言われている基本と、つまずきの定番です。近く、当メディアの奏者による実演動画つきで、より踏み込んだ内容をお届けする予定です。
1. まず、楽器を疑う
身も蓋もない話ですが、高音が出ない日の原因でいちばん多いのは楽器側です。しかも、いちばん早く解決します。
リードは、まだ生きているか
リード(マウスピースに取り付ける、音の源になる薄い板)の状態を最初に見ます。先端が波打っている、欠けている、水を吸って重くなっている——そんなリードでは、高音の細かい振動が立ち上がりません。数日前まで最高だったリードが今日ダメなのは、よくあることです。「高音が出ない」と感じたら、まず別のリードに替えて1音鳴らしてみる——これで解決するなら、それ以上悩む必要はありません。なお、柔らかすぎるリードは高音でつぶれやすく、硬すぎるリードは息が通りません。極端にどちらかへ振れているなら、番手(リードの硬さを示す番号)そのものを見直す時期かもしれません。
どこかで息が漏れていないか
タンポ(キーの穴をふさぐ皮)が硬化していたり、コルクが痩せていたりすると、わずかな息漏れが起きます。低音域では何とか鳴っても、高音域は息漏れに対して極端に敏感です。とくに上管と下管のジョイント、そしてレジスターキー(左手親指で押す、高い音域へ切り替えるキー)まわりは要注意です。楽器を組み立て直しても改善しない。特定の音だけ何日も鳴らない。そういう場合は、練習量ではなく調整で直る可能性が高いので、楽器店に持ち込むほうが早いです。
2. 次に、息を疑う
楽器に問題がないなら、次は空気です。高い音は「強く吹く」のではなく、速く、密度の高い息を、まっすぐ通し続けることで鳴ると言われます。この2つは似ているようで別物です。ただ強く吹くだけでは音が割れ、しかも喉が締まります。
目安になるのは、フレーズの途中で息の速度が落ちていないか。高音に差しかかった瞬間だけ息を吹き込もうとすると、そこで音は不安定になります。手前の音から同じ密度の息が通り続けていれば、高音は「すでに鳴っている流れの延長」として出てきます。ロングトーン(同じ音をまっすぐ長く伸ばす練習)でこの感覚を確かめるのが定石です。
3. そして、口の中を疑う
ここが、外から見えないぶん見落とされやすい場所です。舌の位置——奏者のあいだで「シラブル」と呼ばれるもの——によって、口の中の空間の形が変わり、息の速度が変わります。
よく言われるのは、低音域では「オー」と発音するときのように舌を下げ、高音域では「イー」に近い形で舌の中央を高くする、という考え方です。舌が上がると空気の通り道が細くなり、同じ息の量でも速度が上がります。高音は「強く吹く」のではなく「息の通り道を細くする」——この発想の転換で鳴るようになる人は少なくありません。
あわせて、喉が締まっていないかも確認を。舌を上げることと、喉を締めることは別です。締めると音は硬く、細くなります。
4. 最後に、唇を疑う
ここまで確認して、それでも鳴らないときに、はじめて口の形を見ます。
高音が出ないと、人は無意識に噛みます。ところが噛みすぎるとリードの振動そのものが止まり、音は出るどころか死んでしまいます。必要なのは「噛む力」ではなく、口の周り全体で均等に支える力です。下唇は下の歯にかぶせて、リードを押しつぶさない程度に当てます。上の歯はマウスピースに軽く乗せます。口角がゆるんで息が横に漏れていないか——鏡で見ると、案外あっさり原因が見つかります。
練習は、オーバートーンから
アルティッシモを直接さらうより、まず低音域から倍音(オーバートーン。同じ指づかいのまま出せる、より高い音)を出す練習が有効だとよく言われます。たとえば低いドを押さえたまま、レジスターキーを使わずに、息と口の中の形だけで上の音に移ります。これができるようになると、「口の中の形で音域が変わる」という感覚が身体でつかめます。指を覚えるより先に、この感覚のほうが効きます。
それでも鳴らない日は
最後にもうひとつ。疲れている日、湿度が高い日、リハーサルで吹きすぎた翌日は、単純に鳴りません。そういう日に無理を重ねると、悪い癖だけが身体に残ります。鳴らないと感じたら、順番に確認して、それでもダメなら今日はロングトーンで終える——それも立派な練習です。
そして、独学での矯正には限界があります。可能なら信頼できる指導者に一度みてもらうのが、いちばんの近道です。この記事が「明日の練習で試せる一歩」をひとつでも渡せていたら嬉しく思います。