トルコ行進曲は、なぜ耳に残るのか

「耳に残るのは【?】のせい。」の見出しと、同じ音型が繰り返されることを示した五線譜を並べたアイキャッチ。背景はモーツァルトの肖像
背景=モーツァルトの肖像/バルバラ・クラフト画(Wikimedia Commons, パブリックドメイン)/見出しと図版は編集部

ピアノ教室の発表会や、家電量販店の電子ピアノ売り場、運動会の入場行進。あの旋律は、いろいろな場所で流れています。曲名は思い出せなくても、あの旋律だけは頭のなかで再生できます。「トルコ行進曲」は、そういう曲です。

ところが、いざ調べようとすると最初につまずきます。「トルコ行進曲」と呼ばれている曲は、ふたつあるからです。モーツァルトが書いたものと、ベートーヴェンが書いたものです。別々の曲で、生まれかたも違います。この記事で扱うのは、モーツァルトのほうです。

そしてモーツァルトのこの曲には、もうひとつ勘違いされやすい点があります。「行進曲」という独立した作品ではなく、あるピアノ・ソナタの最後の楽章だ、ということです。曲の正体がわかると、三分ちょっとの音楽がなぜこれほど耳から離れないのかも、だいたい説明がつきます。

まず、ベートーヴェンのほうと分けておく

ベートーヴェンの「トルコ行進曲」は、劇音楽『アテネの廃墟』のなかの一曲です。舞台にかける音楽として書かれました。いっぽうモーツァルトのほうは、ピアノのために書かれたソナタの一部分です。生まれかたがまるで違います。まずは、モーツァルトのほうを実際に聴いてみてください。

♪ 試聴:モーツァルト「トルコ行進曲」

“Piano Sonata No. 11 in A major, K. 331 – III. Alla turca” by Bernd Krueger / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 DE

ややこしいのは、モーツァルトのほうも吹奏楽や金管アンサンブルに編曲されて演奏されることです。楽器の組み合わせだけで見分けようとすると、取り違えます。作曲者の名前で確かめるのが確実です。

正式な名前は、ずいぶん長い

この曲のきちんとした呼び名は、「ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 第3楽章 ロンド・アラ・トゥルカ」です。長いので、後ろから順に解いていきます。

「アラ・トゥルカ」はイタリア語で「トルコ風に」という意味です。「ロンド」は、同じ旋律が何度も戻ってくる作りかたを指す言葉です。つまり原題は「トルコ風のロンド」であって、「トルコの行進曲」ではありません。「トルコ行進曲」という呼び名は、あとの時代についた通称です。

頭の「K.331」は、モーツァルトの作品につけられた整理番号(ケッヘル番号)です。番号を覚える必要はありません。ただ、配信サービスや楽譜を探すときは、通称よりこの番号で検索するほうが確実に目当ての曲にたどり着けます。PTNAのピアノ曲事典によると、この第3楽章だけの演奏時間は約3分から3分半です。

ソナタなのに、ソナタ形式がない

ピアノ・ソナタはふつう、性格の違う楽章をいくつか組み合わせて作られます。ところが K.331 は変わった作りをしています。第1楽章は主題と変奏(ひとつの旋律を、形を変えながら繰り返していく作りかた)、第2楽章はメヌエット(三拍子の舞曲)、そして第3楽章がこのトルコ行進曲です。

つまりこのソナタには、古典派のソナタでいちばんよく使われるソナタ形式の楽章が、ひとつもありません。教科書どおりに書かれていないソナタの最後に、教科書どおりではない終曲が置かれている、というわけです。

「トルコ風」は、何を真似ているのか

18世紀のヨーロッパでは、オスマン帝国の軍楽隊(メフテル)の響きが流行していました。モーツァルトはその流行の響きを、ピアノ一台で再現してみせます。

鍵になるのは左手です。右手が旋律を歌っているあいだ、左手はガチャン、ガチャンと和音を刻み続けます。この左手が真似ているのは、シンバルと大太鼓です。軍楽隊の打楽器の音を、鍵盤の上に移しかえているわけです。そう思って聴くと、行列が目の前を通り過ぎていくように聞こえてきます。

ですから、この曲はトルコの音楽をそのまま写しとった記録ではありません。18世紀のヨーロッパで流行していた「トルコらしさ」のほうを書いた曲、と受け取るのがいちばん近いはずです。

いつ書かれたのかは、決まっていない

これだけ有名な曲なのに、作曲された時期は確定していません。かつては1778年ごろ、パリで書かれたと考えられていました。その後、自筆譜の筆跡や、使われた紙が調べ直されました。いまは1783年ごろにウィーンかザルツブルクで書かれた、とする説が有力になっています。

楽曲データや解説に「1783年頃(諸説あり)」と添えてあるのは、この経緯があるからです。有名な曲ほど、由来は固まっていそうに思えます。ところが実際には、研究が進むと、あとから書き換わることがあるのです。

それで、なぜ耳に残るのか

いちばん効いているのは、ロンドという作りかたです。ロンドは、同じ旋律が必ず戻ってくることをあらかじめ約束している形式です。一度去った旋律が、しばらくすると帰ってきます。「あ、また来た」という予感が当たる気持ちよさが、聴いているあいだに何度も起きます。

三分のうちに、同じ旋律を繰り返し浴びることになります。これでは、覚えないほうが難しいくらいです。

そこにリズムが乗ります。左手の刻みは、足で拍を取りたくなる種類の音です。この歩ける拍があるから、後世の人はこの曲を「行進曲」と呼びたくなったのでしょう。旋律より先に、体のほうが覚えてしまうのです。

曲の入りかたも効いています。出だしは短調(暗く、少し翳って聞こえる響き)です。そこから明るい行進曲へ、表情がぱっと切り替わります。この落差があるぶん、明るい部分が来たときの開放感が強く残ります。最後は鍵盤を華やかに駆け上がって、きっぱり終わります。演奏会で大きな拍手が起きるのは、この終わりかたのおかげです。

そして、この曲はピアノの上にとどまりません。旋律とリズムがはっきりしているので、オーケストラでも吹奏楽でも金管アンサンブルでも成立します。ピアノで覚えた人が、別の日に吹奏楽で同じ旋律に出会うこともあります。出会う回数が多いことも、記憶に残る理由のひとつです。

楽譜と、次の一歩

楽譜は著作権が切れています。無料楽譜サイトの IMSLP で、パブリックドメイン(著作権が切れて、自由に使える状態)の楽譜を見ることができます。国内の楽譜出版社が公開している難易度表では、中級の上のあたりです。ピアノを弾く方なら、前半だけ譜読みしてみるのも手です。左手を打楽器の音として鳴らすつもりで弾くと、この曲が何を真似ているのかが手のほうに伝わってきます。

聴くほうの次の一歩は、はっきりしています。配信サービスで「モーツァルト ピアノソナタ 第11番」と検索して、第1楽章から通して再生してみてください。トルコ行進曲は、いちばん最後に出てきます。手前に置かれた主題と変奏とメヌエットを通ってからたどり着くと、あの旋律の聞こえかたが少し変わるはずです。単独の三分の曲ではなく、一曲の終着点として聞こえてきます。

なお、編集部では IMSLP のパブリックドメイン楽譜にあたって、図解の準備を進めています。主題が戻ってくる位置と、左手の打楽器音型が現れる箇所を図にする予定です。作図ができしだい、この記事に追加します。

作品情報

作品名
ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 第3楽章「ロンド・アラ・トゥルカ(トルコ行進曲)」
作曲者
W.A.モーツァルト
作曲年
1783年ごろ(諸説あり。旧説は1778年ごろパリ)
速度表示
Allegretto(やや速く)
形式
ロンド形式
演奏時間
第3楽章単体で約3分〜3分半
楽譜
IMSLP(パブリックドメイン)で入手可

この記事に出てきた言葉

ロンド
同じ旋律が何度も戻ってくる作りかた
ソナタ形式
古典派のソナタでいちばんよく使われる楽章の型
主題と変奏
ひとつの旋律を、形を変えながら繰り返していく作りかた
メヌエット
三拍子の舞曲
ケッヘル番号(K.)
モーツァルトの作品につけられた整理番号
メフテル
オスマン帝国の軍楽隊
アラ・トゥルカ
イタリア語で「トルコ風に」