金管アンサンブルは何を聴けばいいのか 編成とレパートリー入門

金管五重奏の5本の楽器を音域順に並べ、それぞれの役割を書き込んだ帯状の編成図。背景は19世紀ヨーロッパのトロンボーン
図版=編集部制作/背景=Trombone, mid-19th century(メトロポリタン美術館蔵, CC0)

吹奏楽をやっていた人なら、金管アンサンブルは身近な存在だと思います。一方で、オーケストラから入った人にとっては「あの金管の人たちが、5人だけで何をやるのか」がいまひとつ想像できない。そんな距離感があるジャンルです。

金管アンサンブルには、オーケストラや弦楽四重奏のような長い歴史がありません。いま標準とされている5本の組み合わせは、20世紀半ばに固まったものです。それ以前は、編成そのものが定まっていませんでした。

この記事では、楽譜の書誌をたどりながら編成の成り立ちを整理します。そのうえで、5本がそれぞれ何をしているのか、何から聴けばいいのかを見ていきます。

標準編成は、この5本

金管五重奏(ブラス・クインテット)の標準編成は、次の5本です。

楽器本数おおまかな役割
トランペット2旋律。2本で掛け合いや3度・6度のハモリを作る
ホルン1内声。上と下をつなぎ、和音の色を決める
トロンボーン1内声〜低音。輪郭のはっきりした中低域
チューバ1低音の土台。和音の根を支える

弦楽四重奏(ヴァイオリン2・ヴィオラ・チェロ)と並べると、構造が似ていることに気づきます。高音を2本、内声を1〜2本、低音を1本。西洋音楽の和音を4つの声部に分ける発想が、そのまま金管に置き換わっています。

ただし金管には弦にない事情があります。息で吹く楽器なので、休みが要ります。5本すべてが鳴り続けることはなく、誰かが抜けて誰かが支える。この入れ替わりが、金管アンサンブルの立体感を作っています。

エヴァルトは、この編成で書いていない

金管五重奏の古典として必ず名前が挙がるのが、ヴィクトール・エヴァルトです。ロシアの技師で作曲家。その五重奏曲第1番 作品5は、いまも世界中の団体が演奏しています。

ところが、IMSLP(パブリックドメイン楽譜のライブラリー)で原典の書誌を見ると、記載されている編成はこうです。

エヴァルト作品5の原典(1890年作曲)現在ふつうに演奏される編成
高音コルネット 2トランペット 2
内声(上)アルトホルン(E♭)ホルン
内声(下)テナーホルン(B♭)トロンボーン
低音チューバチューバ

※ IMSLPの原典データでは楽器編成が「alto horn, tenor horn, 2 cornets, tuba」と記載されています。現行編成のものは「For horn, 2 trumpets, trombone, tuba (arr)」=編曲として別に分類されています。作曲1890年、初出版1902年ごろ(1912年改訂)、出版はライプツィヒのベリャーエフ社。

つまり、「金管五重奏の古典」は、いまの金管五重奏の楽器では書かれていませんでした。据え置かれたのはチューバだけで、あとの4本は置き換わっています。

コルネットとトランペットは近い楽器ですが、コルネットのほうが管が円錐形に広がっていて、音が丸くなります。アルトホルンとテナーホルンは、いまの日本ではブラスバンドで使われる楽器です。19世紀ロシアの金管アンサンブルは、いまより柔らかく、溶け合う音で鳴っていたと考えられます。

この事実を知っていると、現代の演奏の聴き方が変わります。私たちが聴いているエヴァルトは、原典の響きではなく翻訳された響きです。団体によって、どこまで丸く吹くか/どこまで輝かせるかの判断が分かれるのは、この翻訳の余地があるからです。

源流は、1597年のヴェネツィア

もっと遡ると、金管アンサンブルの源流はルネサンス末のヴェネツィアに行き当たります。ジョヴァンニ・ガブリエリが1597年に出版した曲集『サクレ・シンフォニエ』です。

この曲集がなぜ重要かというと、楽譜に「どの楽器で演奏するか」が書き込まれた、ごく初期の出版物だからです。それ以前の楽譜は、声部の高さだけが書かれていて、演奏する楽器は現場任せでした。

たとえば『ソナタ・ピアノ・エ・フォルテ』(Ch.175)には、コルネット1とトロンボーン3、そしてもう一組にヴィオラとトロンボーン3、という指定があります。曲名の「ピアノとフォルテ」が示すとおり、強弱の指示が書かれた初期の例としても知られる曲です。

収録されている「カンツォン」には、8声部のもの、10声部のものがあります。声部を2つ3つの組に分け、離れた場所に配置して掛け合わせる。サン・マルコ大聖堂の左右のバルコニーを使った、立体音響の音楽です。

金管アンサンブルの演奏会でガブリエリが冒頭に置かれることが多いのは、儀式的で華やかだからだけではありません。「複数の金管が空間の中で応答する」という発想の出発点が、ここにあるからです。

5本を、音域で見る

実際に聴くときは、5本を「高さの層」として捉えると分かりやすくなります。編集部で役割の重なりを1枚の図に起こしました。

金管五重奏の役割(模式図) 上ほど高い音域。横幅は、その楽器が受け持つ範囲の目安 トランペット 1 旋律・最高音 トランペット 2 対旋律・ハモリ ホルン 内声・和音の色 トロンボーン 内声〜低音・輪郭 チューバ 低音の土台 低い 高い
編集部作成。各楽器の担当範囲は重なっており、隣どうしが受け渡しをします。この重なりが、5本しかいないのに厚く聴こえる理由です。

図で見ると、隣り合う楽器の受け持ちが必ず重なっていることが分かります。トランペット2番とホルンは同じ高さを共有できますし、ホルンとトロンボーンも重なります。

だから、旋律がトランペットからホルンへ、ホルンからトロンボーンへと段差なく降りていけます。聴くときは「いま誰が歌っているか」を追うと、5本の設計が見えてきます。

五重奏だけが、金管アンサンブルではない

五重奏は標準ですが、固定ではありません。トリオもあれば、20人規模のブラスアンサンブルもあります。

たとえばロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のブラス・アンサンブル(RCO BRASS)は、公式のプロフィールで「編成はトリオから20人規模のアンサンブルに至るまで幅広く、ときには打楽器なども加える」と説明されています。オーケストラの金管セクションがそのまま出てくると、五重奏とはまったく違う音圧になります。

大編成のときは、ガブリエリのようにグループを分けて掛け合う書法が生きます。人数が増えるほど、空間を使う音楽に近づいていくわけです。

何から聴くか

最初の3枚(3曲)を挙げるなら、この順番をおすすめします。

順聴くもの何が分かるか
1ガブリエリのカンツォン(『サクレ・シンフォニエ』所収)金管が空間で応答する快感。歴史の出発点
2エヴァルト 五重奏曲第1番 作品55本で「曲」を組み立てる標準形。ロマン派の歌
3編曲もの(バッハ、オペラ、映画音楽など)団体ごとの個性。編曲者の腕が見える

3番目の「編曲もの」は、金管アンサンブルの本領です。オリジナル作品の蓄積が浅いぶん、この分野は編曲で育ってきました。同じ曲を複数の団体で聴き比べると、どこを削り、どこを足したかという判断がまるで違うことに驚くはずです。

編成を知ると、聴きどころが決まる

金管アンサンブルは、歴史の浅いジャンルです。だからこそ、いまも編成とレパートリーが動いています。標準の5本は20世紀の産物で、その古典とされるエヴァルトさえ、原典は別の楽器で書かれていました。

次に演奏会へ行くときは、まずプログラムで編成を確認してみてください。何本で、どの楽器が入っているか。それが分かれば、その日の音がどう組み立てられるかは、だいたい予想がつきます。

そして予想が外れたときが、いちばん面白い瞬間です。