ホールの席は、前のほうが良いとされがちです。舞台に近く、音も先に届きます。チケットの値段もたいていそう並んでいます。
東京文化会館では、その常識が通りません。音響学の専門書に、こう書かれています。
「東京文化会館では1階よりも最上階の5階の方を好む聴衆も多くおり」
京都市立芸術大学名誉教授の大串健吾による論文の一節です。ただし、この5階がどれだけ狭き門か、席数を数えてみると見えてきます。
5階は、2,303席のうち160席
東京文化会館の大ホールは5層構造です。公式サイトの施設概要に、階ごとの席数が載っています。積み上げて、全体に占める割合を出しました。
| 階 | 席数 | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 1階 | 1,282(ほか車椅子用14) | 55.7% |
| 2階 | 238 | 10.3% |
| 3階 | 355 | 15.4% |
| 4階 | 268 | 11.6% |
| 5階 | 160 | 6.9% |
| 合計 | 2,303 | 100% |
「良い」と言われる席が、全体の7%に満たない。一方で1階だけが半分以上を占めます。チケットを取るときの見え方で言えば、5階は最初に埋まる側の席です。
なぜ、上のほうが良いのか
理由も同じ論文に書かれています。鍵になるのは、直接音と反射音が届く時間の差です。
舞台から出た音は、2つの経路で耳に届きます。まっすぐ飛んでくる直接音と、壁や天井ではね返ってから届く反射音です。反射音は遠回りするぶん、少し遅れて到着します。
この遅れが大きいと、音が二重に聞こえるような、ぼやけた印象になります。逆に遅れが小さければ、直接音と反射音が溶け合って1つの音として届きます。
そして天井に近い席ほど、天井からの反射音の遠回りが短くなります。5階は天井のすぐ下です。直接音と反射音の到達時間差が小さくなり、両者が一体となった響きとして聞こえる、という説明です。
1階は天井から遠いぶん、この差が大きくなります。舞台には近いのに、響きの一体感では上階に負ける。これが逆転の中身です。
ただし、階段です
ここで止めると、片手落ちになります。東京文化会館には、上階へ向かうエスカレーターもエレベーターもありません。
5階まで階段で上がることになります。開演前はまだしも、終演後に大勢が同時に降りる状況も考えておく必要があります。足に不安がある方、荷物が多い日、同行者の体調。「音が良いらしいから5階」と単純には勧められません。
車椅子用の14席は、1階のみに用意されています。
音響上の利点と、建物としての制約。この2つは同じ重さで並べるべきものだと考えます。1961年の建物であることが、ここにも出ています。
1961年という年
東京文化会館の開館は1961年。設計は前川國男です。
日本で最初の本格的なクラシック専用ホールが開館したのは1982年でした。東京文化会館は、それより21年前の建物です。オペラやバレエの上演も想定した大規模ホールとして設計されています。
舞台は間口18m、奥行24m、高さ11m。舞台面積は1,290m²で、吊物用のバトンが49本あります。この数字は、舞台装置を吊って動かす公演を前提にした設備です。コンサート専用の設計とは、出発点が違います。
にもかかわらず上階の響きが評価されているのは、専用ホールという考え方が定着する前に、別の道筋で解かれた結果だと言えます。
では、どう選ぶか
| 階 | 向いている人 | 前提 |
|---|---|---|
| 1階 | 奏者の手元や表情を見たい。移動の負担を避けたい | 席数が多く取りやすい |
| 2〜3階 | 距離と響きの釣り合いを取りたい | 階段での移動がある |
| 4〜5階 | 響きの一体感を優先したい | 階段のみ。5階は160席で競争率が高い |
はじめて行くなら、いきなり5階を狙うよりまず1階か2階で全体をつかむほうが確実だと思います。そのうえで「もっと響きの中にいたい」と感じたときに、上階を試す順番です。
同じホールでも、階が変われば別の聴き方になります。2,303席のうちどこに座るかは、値段の話だけではないということです。