東京文化会館 1961年のホールで、なぜ5階席が好まれるのか

東京文化会館の建物外観を写した写真に、「通が選ぶ5階は6.9%しかない」の見出しを重ねたアイキャッチ
写真=東京文化会館/Drivephotographer(Wikimedia Commons, CC0)/文字は編集部

ホールの席は、前のほうが良いとされがちです。舞台に近く、音も先に届きます。チケットの値段もたいていそう並んでいます。

東京文化会館では、その常識が通りません。音響学の専門書に、こう書かれています。

「東京文化会館では1階よりも最上階の5階の方を好む聴衆も多くおり」

京都市立芸術大学名誉教授の大串健吾による論文の一節です。ただし、この5階がどれだけ狭き門か、席数を数えてみると見えてきます。

5階は、2,303席のうち160席

東京文化会館の大ホールは5層構造です。公式サイトの施設概要に、階ごとの席数が載っています。積み上げて、全体に占める割合を出しました。

階席数全体に占める割合
1階1,282(ほか車椅子用14)55.7%
2階23810.3%
3階35515.4%
4階26811.6%
5階1606.9%
合計2,303100%

「良い」と言われる席が、全体の7%に満たない。一方で1階だけが半分以上を占めます。チケットを取るときの見え方で言えば、5階は最初に埋まる側の席です。

なぜ、上のほうが良いのか

理由も同じ論文に書かれています。鍵になるのは、直接音と反射音が届く時間の差です。

舞台から出た音は、2つの経路で耳に届きます。まっすぐ飛んでくる直接音と、壁や天井ではね返ってから届く反射音です。反射音は遠回りするぶん、少し遅れて到着します。

この遅れが大きいと、音が二重に聞こえるような、ぼやけた印象になります。逆に遅れが小さければ、直接音と反射音が溶け合って1つの音として届きます。

そして天井に近い席ほど、天井からの反射音の遠回りが短くなります。5階は天井のすぐ下です。直接音と反射音の到達時間差が小さくなり、両者が一体となった響きとして聞こえる、という説明です。

1階は天井から遠いぶん、この差が大きくなります。舞台には近いのに、響きの一体感では上階に負ける。これが逆転の中身です。

ただし、階段です

ここで止めると、片手落ちになります。東京文化会館には、上階へ向かうエスカレーターもエレベーターもありません。

5階まで階段で上がることになります。開演前はまだしも、終演後に大勢が同時に降りる状況も考えておく必要があります。足に不安がある方、荷物が多い日、同行者の体調。「音が良いらしいから5階」と単純には勧められません。

車椅子用の14席は、1階のみに用意されています。

音響上の利点と、建物としての制約。この2つは同じ重さで並べるべきものだと考えます。1961年の建物であることが、ここにも出ています。

1961年という年

東京文化会館の開館は1961年。設計は前川國男です。

日本で最初の本格的なクラシック専用ホールが開館したのは1982年でした。東京文化会館は、それより21年前の建物です。オペラやバレエの上演も想定した大規模ホールとして設計されています。

舞台は間口18m、奥行24m、高さ11m。舞台面積は1,290m²で、吊物用のバトンが49本あります。この数字は、舞台装置を吊って動かす公演を前提にした設備です。コンサート専用の設計とは、出発点が違います。

にもかかわらず上階の響きが評価されているのは、専用ホールという考え方が定着する前に、別の道筋で解かれた結果だと言えます。

では、どう選ぶか

階向いている人前提
1階奏者の手元や表情を見たい。移動の負担を避けたい席数が多く取りやすい
2〜3階距離と響きの釣り合いを取りたい階段での移動がある
4〜5階響きの一体感を優先したい階段のみ。5階は160席で競争率が高い

はじめて行くなら、いきなり5階を狙うよりまず1階か2階で全体をつかむほうが確実だと思います。そのうえで「もっと響きの中にいたい」と感じたときに、上階を試す順番です。

同じホールでも、階が変われば別の聴き方になります。2,303席のうちどこに座るかは、値段の話だけではないということです。