『四季』は、古楽器とモダンで別の曲に聴こえる

バロック弓を持つ手の写真を左右で色分けし、中央に「VS」を置いて古楽器とモダンを対比させたアイキャッチ
背景写真=バロック弓の持ち方(Baroque violin bow holding)/David Schou(Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0)。本画像は同写真の改変物のため CC BY-SA 4.0 で提供

『四季』は、日本でいちばんよく流れているクラシックかもしれません。駅でも、待合室でも、電話の保留音でも鳴っています。

そのぶん、困ったことが起きます。「『四季』は聴いたことがある」と言っても、それがどの『四季』なのかが伝わらないのです。1959年録音の『四季』と1993年録音の『四季』は、同じ楽譜から出てきたとは思えないほど違います。

違いは「古い録音か新しい録音か」ではありません。1970年代に、演奏のやり方そのものが大きく変わりました。それ以降は、2つのスタイルが並んで存在しています。どちらの側で録られた盤かで、聴こえてくるものが変わります。

まず、『四季』はどんな曲なのか

正式な曲名は『四季』ではありません。『和声と創意への試み』作品8という、12曲入りの協奏曲集の一部です。その最初の4曲が、春・夏・秋・冬にあたります。初版は1725年に、アムステルダムのミシェル=シャルル・ル・セーヌから出ました。

各曲にはRVという整理番号がついています。春が269、夏が315、秋が293、冬が297です。どの曲も3つの楽章からできていて、4曲通すと40〜45分ほどです。

この曲がふつうでないのは、各曲にソネット(14行の詩)が添えられていることです。鳥のさえずり、雷雨、氷の上で滑って転ぶ、寒さで歯の根が合わない。つまり何を描いた音楽なのかが、あらかじめ示されているのです。詩を書いたのが誰なのかは、はっきりしていません。

だから『四季』の聴き比べには、ほかの曲にはない見どころが加わります。詩に書かれた情景を、どこまではっきり音で描くか、という点です。きれいな音楽としてまとめる演奏もあれば、雷や鳥を擬音のように鳴らす演奏もあります。この差が、『四季』を聴き比べるいちばんの楽しみになります。

分かれ目は1970年代でした

戦後しばらくのあいだ、『四季』は現代の楽器(モダン楽器)で演奏される曲でした。1959年には、イ・ムジチ合奏団が録音しています。

この録音はレコード史上でも指折りの売れ方をした、と紹介されることが多い一枚です。バロック音楽が一般に広まる火付け役になった録音と位置づけられています。1972年には、カラヤンとベルリン・フィルの録音もあります。

モダン楽器の『四季』がどんな音なのか、まず実際に聴いてみてください。次の音源は、モダン楽器による「春」の演奏例です。

♪ 試聴:ヴィヴァルディ『四季』より「春」第1楽章(モダン楽器)

“The Four Seasons – Spring, mvt 1” by John Harrison (violin) / CC BY-SA 4.0

いま聴いたものが、モダン楽器側の演奏です。転換点は1977年に来ます。ニコラウス・アーノンクールとウィーン・コンツェントゥス・ムジクスが、ヴィヴァルディの時代の楽器(古楽器、ピリオド楽器と呼ばれます)で『四季』を録音しました。

この盤は『四季』の演奏の歴史を塗り替えた、と評されることが多い一枚です。以後の演奏は、この録音の前と後で分けて語られます。

1981年にピノック、1993年にイル・ジャルディーノ・アルモニコ、1999年にカルミニョーラ、2000年にビオンディと続きます。古楽器の側は、このあと標準になりました。いっぽうで、モダン楽器の名盤も現役で売られ続けています。

片方が消えたわけではありません。だから、いま配信サービスで「四季」と検索すると、両方のスタイルが区別なしに並びます。

7枚の録音データを、年代順に

どの盤がどちら側なのかを、先に押さえておくと迷いません。編集部では、各レーベルの公式ページ・商品ページ・曲別の録音データを見比べました。その結果を、7枚ぶん年代順の表にまとめています。

レーベル公式/ユニバーサル・ワーナー各公式/タワーレコード商品ページ/ナクソス・ミュージック・ライブラリーを突き合わせて編集部で作成(2026-08-02取得)。編集部の聴き比べメモは未実施のため、音の印象は載せていません。『夏』第3楽章・『冬』第1楽章の実測タイム表は計測が済んだ回に掲載します。
演奏団体/独奏録音年録音場所レーベル・品番楽器と奏法の系統
イ・ムジチ合奏団/フェリックス・アーヨ1959年4〜5月ウィーンPhilips(国内 PROC-1532)モダン楽器
ベルリン・フィル、カラヤン/ミシェル・シュヴァルベ1972年8月サンモリッツ、フランス教会ドイツ・グラモフォン(国内 UCCG-4954)モダン楽器・大編成
ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス、アーノンクール/アリス・アーノンクール1977年3月ウィーン、カジノ・ツェーゲルニツTeldec(国内 WPCS-21043)古楽器
イングリッシュ・コンサート、ピノック/サイモン・スタンデイジ1981年10月ロンドン、ヘンリー・ウッド・ホールArchiv(国内 UCCA-3008)古楽器
イル・ジャルディーノ・アルモニコ、アントニーニ/エンリコ・オノフリ1993年9月ルガーノ、RTSI スタジオTeldec(現 Warner Classics 2564647630)古楽器
ヴェニス・バロック・オーケストラ、マルコン/ジュリアーノ・カルミニョーラ1999年—Sony Classical(国内 SICC-20096)古楽器
エウローパ・ガランテ/ファビオ・ビオンディ(独奏・指揮)2000年—ヴァージン・クラシックス(国内 TOCE-14334)古楽器

この表を作る途中で、資料どうしが食い違う箇所が3つ出てきました。買うときに困るポイントなので、書いておきます。

アーノンクール盤の録音年

レーベル公式のディスコグラフィ(録音の一覧)は「1977年3月」としています。いっぽう小売サイトの商品ページには「1976〜77年録音盤」と書かれています。この記事はレーベル公式のほうを採りました。

ピノック盤の「3つの録音年」

国内盤の商品ページには、1981年10月・1985年4月・1985年10月という3つの録音年が併記されています。これは、いっしょに収録された曲まで含めた、盤全体の録音期間です。『四季』の4曲そのものは1981年10月です(曲別の録音データで確認しました)。

イ・ムジチは、独奏者で盤が分かれます

イ・ムジチ合奏団は『四季』を何度も録音していて、独奏ヴァイオリンも交代しています。表に挙げたフェリックス・アーヨの1959年盤とは別に、ピーナ・カルミレッリの1982年7月盤(スイス録音)があります。同じ団体名、同じ曲名でも、中身は別の録音なのです。

「イ・ムジチの『四季』」という言い方だけでは、どの録音を指すのか特定できません。配信サービスの表記やジャケットでは見分けがつかないことがあるので、独奏者名と録音年をセットで確認するのが安全です。

耳で聴き分けるための、3つの物差し

楽器の名前を覚える必要はありません。差が大きく出る場所を、3つ知っておけば十分です。

1. 速さ ──『夏』第3楽章と『冬』第1楽章

『夏』の第3楽章は雹(ひょう)の嵐、『冬』の第1楽章は凍える寒さの場面です。この2つで、感じる速さがいちばん開きます。

古楽器の演奏は、総じて速いと紹介されることが多いです。弓を弦から軽く離して、リズムの刻みをはっきり立てる弾き方です。いっぽうモダン期の演奏は、速さを抑える方向と紹介されます。合奏のそろいと、音の美しさを優先するやり方です。ただ、これは傾向の話です。

確かめ方は簡単で、しかも自分でできます。配信でも手持ちのディスクでもかまいません。この2つのトラックの再生時間の数字を、盤ごとに見比べてください。違いが、印象ではなく秒数で分かります。

2. 低音で何が鳴っているか

バロックの合奏では、低音のパートを「和音を埋める楽器」と「低音を弾く楽器」で補います。これを通奏低音(バッソ・コンティヌオ)といいます。

ここに何の楽器を入れるかは、団体ごとに違います。そして、それが音の色を大きく決めます。

チェンバロだけの編成もあれば、オルガンを重ねて教会風の厚みを出す編成もあります。さらに、テオルボやリュート、バロックギターのような撥弦楽器(弦を爪弾く楽器)を加える編成もあります。この撥弦楽器を加えるやり方は、古楽器の演奏が広まったあとに増えたと紹介されます。

初心者にとって、ここがいちばん分かりやすい目印です。低音のあたりで、爪弾くような粒立った音が聴こえたら、古楽器系の可能性が高いです。チェンバロのそろった響きだけが聴こえるなら、モダン期の録音であることが多くなります。

3. 楽譜に書かれていない装飾

バロックの独奏者は、装飾音(メロディーに付け足す細かい音)を自分で加えていました。それが当時の慣習だったとされます。どこまで加えるかは、演奏家しだいです。

この違いがはっきり出るのは、音数が少なくてゆっくりな場所です。『冬』の第2楽章(暖炉のそばで、外の雨を眺めている場面)と、『春』の第2楽章(眠る羊飼い)です。楽譜どおりにすっきり歌う演奏もあれば、別のメロディーに聴こえるほど音を足す演奏もあります。並べて聴くと、同じ楽章とは思えないことがあります。

2枚だけ決めて、数分聴く

7枚を順に聴く必要はありません。まず2枚だけ選びます。1959年のイ・ムジチ/アーヨ盤と、1993年のイル・ジャルディーノ・アルモニコ盤です。34年の差があり、モダン期の代表と、古楽器側でもっとも思い切った世代が並びます。

聴くのは『夏』の第3楽章だけでかまいません。1曲あたり数分です。そのあいだに、速さと低音という物差し2つが同時に確かめられます。

そのうえで、1977年のアーノンクール盤を真ん中に挟んでみてください。分かれ目そのものが聴こえます。3枚あわせても、計10分ほどです。

最後に、この記事で書いていないことを書いておきます。今回載せたのは、録音データを一次資料で突き合わせた表です。編集部が7枚を実際に聴き比べたメモは、まだありません。だから音の印象は一行も入れていません。

『夏』第3楽章と『冬』第1楽章の実測タイム表と、各盤の通奏低音の編成表は、計測と確認が済んだ回で出します。

どちらが正しいのか、という決着もついていません。同じ楽譜から2つの答えが出て、どちらも今も売られています。『四季』がまだ面白い理由は、たぶんそこにあります。

作品情報

作品名
ヴィヴァルディ:協奏曲集『和声と創意への試み』作品8 より第1〜4番(『四季』)
各曲
第1番 ホ長調 RV 269『春』/第2番 ト短調 RV 315『夏』/第3番 ヘ長調 RV 293『秋』/第4番 ヘ短調 RV 297『冬』
初版
1725年、アムステルダム、ミシェル=シャルル・ル・セーヌ刊
献呈
ヴェンツェル・フォン・モルツィン伯爵(1676〜1737)
楽章構成
各曲3楽章(急—緩—急)。4曲通して約40〜45分
特徴
各曲に14行のソネットが添えられ、描かれる情景が示されている(詩の作者は未確定)
本記事の盤
イ・ムジチ/アーヨ(1959)、カラヤン/BPO(1972)、アーノンクール/VCM(1977)、ピノック/EC(1981)、イル・ジャルディーノ・アルモニコ(1993)、カルミニョーラ/VBO(1999)、ビオンディ/エウローパ・ガランテ(2000)
楽譜
IMSLP で初版譜の書誌を確認できる