「名盤」って、何がそんなに違うのか

検索窓に「運命」と入力された画面を模し、「どれを聴けばいいの?」と問いかけるアイキャッチ

配信サービスの検索窓に「運命」と打ち込むと、同じ曲の録音が数百件も並びます。指揮者の名前も、録音された年も、ジャケットの雰囲気もばらばらです。どれを再生すればいいのか、手がかりがありません。

クラシックを聴き始めた人が最初にぶつかるのは、たいていここです。曲を選ぶのではなく、その曲の「ある一回の演奏」を選ぶことになります。同じ楽譜から出発しても、録音された年代が違えば、音は変わります。使っている楽器や、指揮者の手元にある楽譜の違いでも変わります。

この記事では、その違いを生む手がかりを4つだけ取り出します。録音年代、モノラルかステレオか、楽器の種類、楽譜の版と繰り返し。この4つです。この4つを知っておくと、数百件の検索結果が「性格の違う候補」に見えてきます。曲ごとの聴き比べが面白くなるのは、この土台ができてからです。

録音された年で、音質と演奏の両方が変わる

最初に押さえたいのは、年代が変わると、音質と、演奏のやり方の両方が同時に変わるということです。古い録音を聴いて「なんだか違う」と感じたとします。その原因がマイクにあるのか、演奏そのものにあるのか。これを切り分けられると、聴き比べは一気にやりやすくなります。

まず、記録する技術のほうから見ていきます。1925年より前の録音は、大きなラッパに向かって演奏し、その振動を直接針で刻んでいました。電気は使いません。1925年にマイクと真空管アンプによる電気録音が導入され、記録できる音の幅が広がります。

ただし当時のSP盤(昔のレコード)は、片面に録音できる時間が短いものでした。クラシックでよく使われた12インチ盤でも、4〜5分ほどです。そのため交響曲は、何枚もの盤に分けて収録されました。演奏する側が、盤面の長さに合わせてテンポや構成を調整することもあったのです。

1948年6月21日、ニューヨークでコロムビア・レコードがLPを発表します。片面に約22分入ります。楽章を途中で切らずに収録できるようになったのは、ここからです。1958年には商用のステレオLPが一般に発売され、1982年10月1日には日本でCDの発売が始まりました。

もう一方の、演奏のやり方も時代とともに動いています。第二次大戦の直後には、テンポが大きく揺れ、その場の熱がそのまま刻まれた録音がありました。ほぼ同じ時期に、感情でテンポを動かさず、全員の音の出だしをきっちり揃える演奏も並び立っています。20世紀の終わりには、当時の楽器と資料を研究した演奏家たちが、速いテンポを取り戻していきました。『運命』の名盤6枚を時代順に並べた記事を読むと、この移り変わりをそのままたどれます。

モノラルとステレオの違いと、古い録音が残される理由

モノラルは1チャンネルの録音です。すべての音が真ん中の一点から聞こえ、楽器の左右の位置はわかりません。ステレオは2チャンネル以上で録る方式です。ヴァイオリンは左、チェロは右、というように場所がわかります。

ブリタニカ百科事典の定義も、同じ方向です。複数のマイクとスピーカーによって、録音したホールの響きと、各楽器がどこで鳴っているかを感じさせる方式だと説明しています。まずはこの理解で十分です。

商用のステレオLPが売られ始めたのは1958年です。ここから逆算すると、ひとつの事実が見えてきます。指揮者のヴィルヘルム・フルトヴェングラーは1886年に生まれ、1954年に亡くなりました(ワーナー・クラシックス公式)。ステレオLPが世に出る4年前のことです。この指揮者の演奏を聴きたければ、モノラルで聴くほかにありません。好みの問題ではなく、単純な年の計算です。

音の広がりが出ないことと、その録音に価値がないことは、別の話です。米国議会図書館には、文化的・歴史的に重要な録音を登録して保存する制度があります。1931〜32年に行われた初期の実験録音も、2002年にこの制度に登録されました。古い録音を残す仕組みが、公的機関の側に現に存在するのです。

「モノラルのほうが音楽の芯が見える」と感じる聴き手もいます。ただし、これは好みの話であって、事実ではありません。復刻された音の良し悪しについて、同じ米国議会図書館の資料は「合意はない」と明記し、最終的には常に主観的な判断だと述べています。どちらが正しいかは、公的機関でも決着がついていないのです。

ひとつだけ、実用的な注意があります。1960年代のはじめごろの再発盤には、モノラル録音を機械的に加工して「ステレオ風」に仕立てたものがあります。呼び名はレーベル(レコード会社)ごとに違い、当時から批判もありました。1950年代前半の録音なのにジャケットに大きく「STEREO」と書かれた盤に出会ったら、この加工の可能性を思い出してください。

楽器そのものが違うことがある

古楽器(ピリオド楽器)は、その曲が書かれた時代の楽器、またはその複製です。モダン楽器は、いまのオーケストラで使われている、後から改良された楽器を指します。はじめて聞く区別かもしれません。しかし同じ曲でも、どちらの楽器かで聞こえ方はかなり変わります。

弦は、羊の腸を撚ったガット弦と、金属のスチール弦・巻線とで、音の減り方が違います。ガット弦は柔らかい音で、早く減衰します(音が早く消えていきます)。弓の形も違います。古い型の弓は一音一音が自然に減衰し、モダンの弓は音を長く均一につなげるのに向いています。

金管楽器では、バルブ(ピストン)の有無が大きな違いです。バルブのないナチュラル・ホルンでは、奏者がベルに手を入れて音を作る場面があり、そこで音色そのものが変わります。ピリオド楽器の演奏では、この音色の差が、作曲家の書いた表現として復元されます。

弦楽器の人数が少ないことも、耳でわかる違いにつながります。管楽器や内声(旋律を支える中の声部)が浮き上がり、和音の変化が追いやすくなるのです。

楽器を合わせる基準の高さ(ピッチ)も違います。「ラ」の音をどの高さに置くかは、時代や地域でまちまちでした。いま世界のオーケストラが使っている標準は、20世紀に国際的な取り決めとして定まったものです。

古楽の演奏では、今より低い基準を使うことが多くなっています。ただしそれは、現代の演奏家どうしが揃えるために決めた共通の目安です。当時そう決まっていたわけではありません。英国のオーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメントも公式ブログで、ピッチは今日のように標準化されておらず、国ごと時代ごとに違ったと説明しています。

ビブラート(音を細かく揺らす奏法)についても、「昔は控えめだった」と単純には言えません。レオポルト・モーツァルトは1756年の『ヴァイオリン奏法』で、すべての音を震わせ続ける奏者を批判しました。ビブラートは、伸ばした音やフレーズの終わりを飾るために使うものだ、と書いています。ところが同じ時代のフランチェスコ・ジェミニアーニは正反対で、音質を高めるため、短い音符でもできるだけ頻繁に使うよう勧めました。

同じ時代の教則本が、正反対のことを書いているわけです。ビブラートの使い方がいつどう変わったのかは、研究者の間でも見解が分かれています。

ですから、どちらが正しい楽器か、という話にはなりません。この演奏のあり方は、かつて「オーセンティック(真正な)演奏」と呼ばれた時期がありました。いまは「歴史的情報に基づく演奏」という言い方が使われます。昔のことを研究で完全には知り得ないと認めたうえで、わかっている情報から演奏を組み立てる。そういう姿勢を示す言葉です。

音楽学者のリチャード・タラスキンは『Text and Act』(オックスフォード大学出版局、1995年)で、この運動を批判的に論じました。「過去の復元」を名乗ってはいるが、実際には20世紀の芸術運動だ、という指摘です。実践する側にも、その指摘を受け入れたうえで、現代の創造として価値があると考える応答があります。この議論に決着はついていません。

同じ曲なのに、なぜ演奏時間が違うのか

配信画面に並んだ同じ曲の演奏時間が、5分も10分も違うことがあります。この差は、テンポの速さと、楽譜の側の事情の両方から生まれます。

楽譜の側の事情のひとつが、版の違いです。原典版(Urtext)は、作曲者が書いたものにできるだけ忠実に作られた楽譜のことです。自筆譜や初版など、手に入る限りの資料を突き合わせて作られます。編集上の判断や、資料どうしの食い違いは、校訂報告(編集内容の記録)に残されます。

19世紀に作られた古い全集は、事情が違いました。ベーレンライター社の説明によれば、その時代の趣味を反映して編集され、しばしば作曲家の意図から離れていったといいます。同社が例として挙げるのが、ブラームスがシューベルトの交響曲第4番に加えた変更です。ただし、原典版なら絶対に正しい、という話でもありません。音楽学者のジェイムズ・ウェブスターは、Urtextを名乗る版の多くが、出版社が認める以上に手を加えていると指摘しています。

もうひとつの事情が、繰り返し(リピート)です。楽譜には繰り返し記号があり、実際に繰り返すかどうかが演奏者の判断に任される箇所があります。

シューベルトの交響曲第9番《グレート》を例に取ります。ボストン交響楽団の公式プログラムノートは、演奏時間を約50分としています。そして第1楽章の繰り返しについて「肝の据わっていない者向けではない」と書き、実演ではしばしば省略されると添えています。記された繰り返しをすべて実施すれば、演奏時間は1時間近くに届きます。ベートーヴェンの交響曲第5番が約30〜35分と幅を持って案内されるのも、主な理由は繰り返しとテンポです。

編集部では、この記事に出てくる年代・版・楽器の情報を、一件ずつ確かめました。公的機関の資料、出版社の公式説明、楽団のプログラムノートに当たって突き合わせています。資料によって数字が食い違うものは、この記事には載せていません。

「名盤」は、順位表ではない

最後が、いちばん大事な話です。「名盤」は、どこかに絶対的な順位表があって、そこから選ばれた盤ではありません。

日本でこの言葉を育てたのは、1952年3月創刊の雑誌『レコード芸術』(音楽之友社)でした。同誌の「新譜月評」では、1枚のディスクを2人の評論家がそれぞれ独立に評価します。評価は推薦・準推薦・無印の3段階で、2人とも推薦なら特選盤になります。

年間のレコード・アカデミー賞も、この月評で高い評価を得た盤の中から選ばれます。つまり「名盤」という言葉は、こうした具体的な仕組みから生まれたラベルなのです。同誌は2023年に休刊し(最終号は2023年7月号)、2024年10月にレコード芸術ONLINEとして再開しました。

選ぶ人と仕組みが違えば、選ばれる盤も変わります。国際クラシック音楽賞(ICMA)が公式サイトに載せている審査員の一覧には、日本の媒体は入っていません。日本で定番として語り継がれてきた盤と、欧米で定番の盤が一致しないことがあるのは、そのためです。どちらが優れているかという話ではなく、選んでいる人が違う、というだけのことです。

ですから、これから読む聴き比べの記事も、「まずここから聴くと違いが分かりやすい」という入口の提案として受け取ってください。優劣を決めつけるものではありません。時代が変われば、顔ぶれも入れ替わります。

次の一歩として、具体的な提案をひとつ挙げます。好きな曲をひとつ決めて、録音年が30年以上離れた2つの演奏を、冒頭の1分だけ聴いてみてください。全曲を通す必要はありません。速さ、音の位置、楽器の手触り——4つの手がかりのうち、どれが効いている差なのかを当てにいくのです。それができるようになると、数百件の検索結果は、選択肢の山に変わります。

この記事に出てきた言葉

モノラル
1チャンネルの録音。楽器の左右の位置は出ず、音が真ん中に集まる
ステレオ
2チャンネル以上の録音。ヴァイオリンは左、チェロは右、というように場所がわかる
定位
どの楽器がどこで鳴っているか、の位置感
古楽器/ピリオド楽器
その曲が書かれた時代の楽器、またはその複製
モダン楽器
いまのオーケストラで使われている、後年に改良された楽器
ガット弦
羊の腸から作った弦。金属弦より柔らかく、音が早く減衰する
ピッチ
楽器を合わせる基準の高さ。「ラ」をどの高さに置くか
原典版(Urtext)
作曲者が書いたものにできるだけ忠実に作られた楽譜
リピート(反復)
楽譜の繰り返し記号。実施すると演奏時間が延びる