『新世界より』名盤7枚 「家路」のテンポで、こんなに変わる

レコード盤を写した写真に、「『家路』が2分半ちがう。」の見出しを重ねたアイキャッチ
写真=Vinyl Record/Travis Soule(Openverse / StockSnap, CC0)/文字は編集部

夕方5時、街に流れるあのチャイム。「家路」や「遠き山に日は落ちて」の名で知られる旋律は、もとはドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』の第2楽章です。旋律だけなら、ほとんどの人が知っています。

では、録音で聴き比べたことはあるでしょうか。同じ第2楽章なのに、演奏時間は11分33秒から13分59秒まで開きます。同じ旋律なのに、2分半ちがうのです。第1楽章にいたっては、9分の盤と12分の盤があります。

この記事では、1959年から2015年発売までの7枚を時代順に並べ、その差がどこから生まれるのかを数字で見ていきます。順位はつけません。数字の裏にある「演奏の考え方」の違いを知るほうが、ずっとおもしろいからです。

♪ 試聴:ドヴォルザーク『新世界より』第2楽章 Largo(「家路」の旋律)

“Symphony No. 9 in E minor ‘From the New World’, Op. 95 – II. Largo” Musopen / Public Domain

ものさし1:第1楽章の長さ ――「繰り返し」をやるかどうか

まず第1楽章です。7盤の演奏時間は、きれいに2つのグループに分かれます。9〜10分のグループと、11〜12分のグループです。中間がありません。

理由は単純です。ドヴォルザークは楽譜の前半部分(提示部=主題を最初に提示する部分)に「もう一度繰り返す」という指示を書いています。この繰り返しを実行するかどうかで、同じ楽章が3分変わるのです。

興味深いのは時代の傾向です。1959〜1972年に録音された5盤はすべて9〜10分、つまり繰り返しを省いたとみられます。一方、1999年のアーノンクール盤と2015年発売のインマゼール盤は11〜12分。昔の定番盤が省き、新しい録音が楽譜どおりに戻る、という流れが読み取れます。

※ 各盤が繰り返しを実施したかどうかは、演奏時間からの推定です(楽譜と突き合わせた確認はしていません)。時間はリマスターや盤の違いで数秒前後します。

ものさし2:「家路」のテンポ ――予想は裏切られる

第2楽章 Largo(ラルゴ=ゆったりと、の意)は、イングリッシュホルンという楽器があの旋律を歌います。オーボエより少し低く、翳りのある音の楽器です。ここの歌わせ方が、演奏時間にそのまま出ます。

速い側はアンチェル盤の11分33秒。遅い側はフリッチャイ盤の13分59秒。ここで予想を裏切る事実があります。作曲者の母国チェコの楽団(アンチェル/ノイマン)のほうが速く、あっさり歌うのです。「お国ものだから情感たっぷり」ではありませんでした。逆にたっぷり歌うのは、ベルリン・フィルを振ったフリッチャイとクーベリックです。

7盤を数字で並べる

編集部で各盤の商品ページに記載されたトラックタイムを突き合わせ、1枚の表にしました。

各数値は販売元・レーベルの商品ページに記載のトラックタイム(2026年8月取得)。リマスターや盤の違いで数秒前後します。第1楽章の「繰り返し」欄は演奏時間からの推定です。
指揮者/楽団録音ⅠⅡ「家路」ⅢⅣⅠの繰り返し
フリッチャイ/ベルリン・フィル195910:0313:598:1512:08省略とみられる
ケルテス/ウィーン・フィル19619:4911:487:4011:14省略とみられる
アンチェル/チェコ・フィル19619:0911:337:5011:17省略とみられる
クーベリック/ベルリン・フィル19729:3113:048:0711:51省略とみられる
ノイマン/チェコ・フィル19729:2212:218:1711:14省略とみられる
アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管1999(ライヴ)11:2212:168:1911:03実施とみられる
インマゼール/アニマ・エテルナ・ブルッヘ2015年発売12:0712:197:4912:13実施とみられる

この表は、サブスクのトラック表示でそのまま検証できます。読んだあと、自分の手元で確かめられるのが、演奏時間という数字のいいところです。

名盤7枚を、時代順に

フリッチャイ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1959年)

ステレオ録音の初期を代表する一枚です。第2楽章13分59秒は7盤中もっとも遅く、イングリッシュホルンの旋律を大きく引き延ばして歌わせる方向と評されることが多い録音です。「家路」をたっぷり聴きたいなら、まずこの盤が基準になります。

ケルテス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1961年)

日本で長く「新世界の標準盤」として扱われてきた録音です。テンポはどの楽章も中庸からやや速め。ウィーン・フィルの木管の音色が語られることの多い一枚です。なおケルテスは後年ロンドン交響楽団とも同曲を録音しており、盤を探すときは楽団名まで確認してください。

アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1961年)

全曲39分49秒は7盤中最短。「家路」も11分33秒でもっとも速く、情緒で引き延ばさない演奏です。チェコ・フィル黄金期の記録として扱われることが多く、最遅のフリッチャイ盤と第2楽章だけで2分26秒ちがいます。聴き比べの起点に向いた一枚です。

クーベリック/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1972年)

チェコ出身の指揮者が、亡命先の西側でベルリン・フィルと録音したドヴォルザーク交響曲全集の一枚です。「家路」は13分04秒と遅い側。チェコ系の楽団が速く、チェコ出身の指揮者×ドイツの楽団が遅いという並びは、この7盤でいちばん記憶に残る逆説です。

ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1972年)

チェコ・フィルの伝統を継ぐ録音で、テンポはどの軸でも中庸です。ノイマンはこの曲をスタジオで3回録音したとされ、本盤はその1回目。迷ったら真ん中、という立ち位置の一枚です。

アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1999年・ライヴ)

古楽(作曲当時の演奏習慣の研究)から出発した指揮者が、現代オーケストラを振ったライヴです。第1楽章11分22秒は、それまでの5盤と明確に断層があり、繰り返しを実施したとみられます。遅く歌うのではなく、フレーズの切り方で表情を作る方向と評されることが多い録音です。

インマゼール/アニマ・エテルナ・ブルッヘ(2015年発売)

7盤で唯一、19世紀型の楽器(ピリオド楽器)で演奏した盤です。第1楽章12分07秒と終楽章12分13秒はいずれも7盤中最長。ヴィブラート(音の揺らし)を抑えたイングリッシュホルンと、ナチュラル系金管の音色は、他の6盤と鳴り方が根本から違います。楽器の違いを耳で確かめたい人向けの一枚です。

「家路」という歌の話

順序を誤解されやすいのですが、交響曲が先で、歌が後です。ドヴォルザークの弟子ウィリアム・アームズ・フィッシャーが、第2楽章の主題をもとに歌曲「Goin’ Home」を作ったとされています(ボストン交響楽団の作品解説による)。日本ではこの旋律に日本語の詞がつき、下校の音楽やチャイムとして広まりました。

ついでにもうひとつ。あの旋律を吹くイングリッシュホルンは、専任の奏者がいるわけではなく、オーボエの2番奏者が持ち替えて吹く楽器です。あの数分のために楽器を持ち替える奏者がいる、と知ってから聴くと、少し景色が変わります。

で、どこから聴けばいい?

提案はシンプルです。まず第2楽章だけを、アンチェル盤(11:33)→フリッチャイ盤(13:59)の順で聴いてください。合計25分ほどで、「同じ旋律が2分半変わる」の中身が体感できます。

次に第1楽章の冒頭から数分を、ケルテス盤→インマゼール盤で。テンポの差に加えて、現代楽器と19世紀型楽器の響きの差まで一度に聴こえます。全曲を7回聴く必要はありません。同じ場所を、違う演奏で聴く。それが聴き比べのいちばん効率のいい入口です。

作品情報

作品名
ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」
作曲
1893年(アメリカ滞在中に作曲、同年5月24日に総譜完成)
初演
1893年12月16日/ニューヨーク、カーネギー・ホール
楽章構成
第1楽章 Adagio–Allegro molto/第2楽章 Largo(「家路」の旋律)/第3楽章 Scherzo: Molto vivace/第4楽章 Allegro con fuoco
演奏時間
約40分(第1楽章の繰り返しの有無で3分前後変わる)
編成
2管編成のオーケストラ。オーボエ2番がイングリッシュホルン持ち替え
本記事の盤
フリッチャイ/BPO(1959)、ケルテス/VPO(1961)、アンチェル/チェコ・フィル(1961)、クーベリック/BPO(1972)、ノイマン/チェコ・フィル(1972)、アーノンクール/RCO(1999)、インマゼール/アニマ・エテルナ(2015年発売)