チケットは取れました。日付も空けました。それなのに当日の朝、クローゼットの前で固まってしまう。コンサートに行き慣れていない人が最後まで悩むのは、たぶん服装です。
「ドレスコード(服装の決まり)があるのでは」「ジーンズだと浮くのでは」「一人だけ気合いが入りすぎていたら気まずい」。考え出すと、きりがありません。
先に結論を書いてしまいます。日本の一般的なコンサートホールに、ドレスコードはありません。ジーンズでもスニーカーでも、入場を断られることはまずありません。それでも迷うのは、「入れるかどうか」ではなく「浮かないかどうか」が知りたいからでしょう。
そこでこの記事では、実際の客席がどんな様子なのかをご紹介します。あわせて、季節ごとに何を足せばいいのか、そして服装よりむしろ大事な「音を出さない」工夫までご案内します。
実際の客席は、どんな服の人が多い?
平日夜の公演なら、仕事帰りのまま来ている人が大半です。スーツ、ジャケット、きれいめのワンピースのあいだに、カジュアルな装いが混ざります。休日のマチネ(昼公演)はもう少しゆるやかで、普段着に近い人も増えます。
迷ったときは、「オフィスカジュアル」を真ん中に置くと、上にも下にも外れません。仕事に着ていけるくらいの、かしこまりすぎない服装です。これが、いちばん実用的な目安です。
逆に、はっきりドレスアップが似合う場面もあります。年末年始のガラ公演(お祝いの特別公演)やジルヴェスター(大みそかの夜のコンサート)、オペラの初日、海外の名門オーケストラの来日公演などです。こうした「特別な夜」には、装いを楽しんでいる人が目に見えて増えます。もっとも、それでも義務ではありません。着たい人が着ている、というだけの話です。
男性の場合
ジャケットを1枚持っていれば、ほぼすべての公演に対応できます。シャツにスラックス、足元は革靴かきれいめのスニーカーで十分です。ネクタイはいりません。夏はジャケットなしのシャツだけでも大丈夫です。
短パンやサンダル、派手なロゴのTシャツでも、入場は断られません。ただ、まわりの装いとの差は出やすくなります。
女性の場合
ワンピースでも、ブラウスにスカートやパンツでも、どちらも定番です。ヒールは高すぎないほうが安心です。ホールによっては座席までの階段が長く、開演ぎりぎりには小走りになることもあるからです。
装いを楽しみたい日は、思いきり楽しんで構いません。クラシックの客席は、着飾ることが許されている数少ない場所でもあります。
季節ごとに、ひとつだけ足すなら
夏は、羽織るものを1枚持っていきましょう。ホールの冷房は、2時間じっと座っていると体感でかなり寒くなります。薄手のカーディガンやストールがあると安心です。
冬は、厚手のコートやマフラーを座席まで持ち込まないのがコツです。膝の上でかさばりますし、身じろぎのたびに布のこすれる音が出ます。大きな上着や荷物は、開演前にクローク(手荷物の預かり所)へ預けるのが、自分にとっても隣の人にとっても快適です。多くのホールで、無料または少額で預けられます。
雨の日の傘も同じで、傘立てかクロークへ預けましょう。座席の足元に置くと、休憩時間に倒して音を立てがちです。
服装より、じつは大事なこと
着るものが多少カジュアルでも、誰も気にしません。一方で、静かな楽章の途中で響いてしまった音は、確実に周囲の記憶に残ります。気をつけたいのは、次の3つです。
ひとつめは、素材の音です。シャカシャカ鳴るナイロンの上着や、硬い革のジャケットは、身じろぎのたびに音が出ます。腕時計のアラームや、腕を組んだときに触れ合うブレスレットも同じです。
ふたつめは、香りです。座席は隣の人ととても近く、強い香水は思いのほか届きます。香りは控えめに、が客席の暗黙のマナーです。
みっつめは、ビニール袋や包み紙の音です。飴の包み紙をゆっくり開ける音は、じつは素早く開けるより長く響きます。咳が出そうな日は、開演前に喉あめを口に入れておくのがおすすめです。
「浮くのが怖い」という人へ
もし本当に迷ったら、上は暗めの色、下はきれいめのパンツかスカートを選んでください。それだけで、客席の景色にすっと溶け込めます。
そして、これだけは書いておきたいと思います。客席にいる人のほとんどは、これから始まる音楽のことしか考えていません。あなたの服を採点している人は、たぶん一人もいないのです。
大事なのは、2時間を心地よく過ごせることです。寒くない、締めつけない、音が出ない。この3つを満たしていれば、あとは何を着ていても、あなたの席はあなたのものです。