トルコ行進曲は、なぜ「トルコ」なのか ロンド形式と異国趣味の設計

K.331第3楽章の構造を、イ短調とイ長調を色分けした帯グラフで示した図解。背景はモーツァルトの肖像
図版=編集部制作/背景=モーツァルトの肖像/バルバラ・クラフト画(Wikimedia Commons, パブリックドメイン)

モーツァルトのピアノ・ソナタ第11番 K.331。その第3楽章に、作曲者自身が書き込んだ指示は「アラ・トゥルカ(トルコ風に)」です。曲全体はイ長調のソナタなのに、この終楽章だけがイ短調で始まります。

「トルコ風」と言われて多くの人が思い浮かべるのは、あの左手の和音連打でしょう。打楽器のような響きです。ただ、それだけならただの色付けです。異国趣味を曲の表面に塗っただけなら、200年以上も演奏され続けはしません。

この記事では、パブリックドメインの楽譜データから区分・調の配置・反復記号の位置を実測しました。結論から言うと、「トルコ風」はこの曲の構造そのものに組み込まれています。雰囲気ではなく、設計です。

※ 曲の成立や名称については 「トルコ行進曲は、なぜ耳に残るのか」(🟢初心者向け)で扱っています。この記事は構造の側から見ます。

まず、実測した構造

Mutopia Projectが公開しているパブリックドメインの組版データ(LilyPondソース)を取得し、セクションの組み立て順、調号の切り替え位置、反復記号の位置を機械的に抜き出しました。

出てきた並びは、こうです。

K.331 第3楽章の見取り図(相対的な長さ) A イ短調 B イ長調 A イ短調 コーダ イ長調 反復記号あり 反復記号あり(4区画) 反復記号あり 調の切り替わり イ短調 → イ長調 → イ短調 → イ長調(終止) ※ 反復記号を1回として数えた相対的な長さ。横幅は実測値の比率に合わせています ※ 出典:Mutopia Project のパブリックドメイン組版データ(編集部が機械抽出)
編集部作成。ソース上のセクション変数の並びと調号の切り替え位置から起こしたもの。

実測から分かったことは、3つあります。

1. イ短調とイ長調が、三度入れ替わる

調号の切り替えは、イ短調 → イ長調 → イ短調 → イ長調(終止)の順に現れます。同じ主音(イ音)の上で、長調と短調だけを入れ替えているのがポイントです。

転調ではありません。「別の場所へ移動する」のではなく、同じ場所の照明を切り替えている感覚です。だから切り替わった瞬間に、耳が「あ、色が変わった」と反応します。

2. 主要ブロックのすべてに、反復記号が付いている

ソースを見ると、A部分もB部分も、すべて反復記号(volta 2)で囲まれています。つまり演奏すると、書かれた音楽の大半が2回ずつ鳴るということです。

3. コーダが、単一ブロックとして最長

最後のイ長調のコーダは、A部分やB部分の各区画より長く取られています。この曲は「終わりに向かって重くなる」のではなく、「終わりが最も長い」構造です。

「トルコ」は、どこに書かれているか

では、この構造のどこが「トルコ風」なのか。18世紀のウィーンで流行した異国趣味の音楽には、いくつかの決まった書法がありました。オスマン帝国の軍楽(メフテル)を模した表現です。

実際の軍楽隊は、大太鼓・シンバル・トライアングルといった金属と皮の打楽器を大量に使い、単純な旋律を繰り返しながら行進します。ピアノ1台でそれを再現するには、どうすればいいか。

軍楽の要素楽譜での実装構造との関係
打楽器の連打左手の和音を刻み続けるA部分の推進力。旋律ではなくリズムが主役になる
単純な旋律の反復短い動機を何度も回す全ブロックに付いた反復記号
金属打楽器の炸裂コーダの分散オクターブと装飾最長のコーダ=行進が近づいて通り過ぎる
行進の一定さ拍子とテンポを変えない調だけを入れ替えて変化をつける

並べてみると、「トルコ風」の要素が、そのまま構造の決定要因になっていることが見えてきます。反復記号が多いのは、行進曲だからです。転調せず長短だけ入れ替えるのも、行進の一定さを壊さないためと読めます。

※ 当時のウィーンのピアノには「トルコ風ストップ」と呼ばれる装置が付いたものがありました。ペダルを踏むと鈴や太鼓の音が鳴る仕掛けです。この曲がそうした楽器で弾かれた記録は確認できていないため、ここでは可能性として触れるにとどめます。

ロンドとしては、少し変わっている

この楽章は「ロンド」と題されています。ロンドは主題(A)が何度も戻ってくる形式で、ふつうは A–B–A–C–A のように3回以上Aが現れます。

ところが実測した並びは A–B–A–コーダ。Aは2回しか出てきません。回帰の回数だけ見れば、ロンドというより三部形式に近い形です。

では、なぜロンドと感じられるのか。反復記号が、その役目を肩代わりしているからです。A部分にもB部分にも反復が付いているので、聴いている側の体感では「また来た」が何度も起きます。

さらにB部分の内部を見ると、4つの区画が並び、最初の区画が最後にもう一度戻ってきます。つまりB部分の中にも小さな回帰構造がある。入れ子です。

ロンドらしさは、A の回数ではなく反復の層で作られている。これがこの曲の設計の要点です。

コーダが最長であることの意味

最後に、コーダの長さについて。

多くの古典派の楽章では、コーダは締めくくりの短い付け足しです。ところがこの楽章では、コーダが単一ブロックとして最も長い。しかも調はイ長調で、曲全体(イ長調のソナタ)の主調にようやく着地します。

ここで起きているのは、単なる盛り上げではありません。短調で始まった終楽章が、長調で終わるための時間を確保しているのです。

イ短調で提示された主題は、そのままでは長調に着地できません。B部分でいったんイ長調を見せ、またイ短調に戻り、最後にコーダで長さをかけて長調を確立する。短い曲のなかで、調の決着に最も多くの小節を割いているわけです。

演奏でコーダを急ぐと、この設計が効きません。逆に、ここでテンポを保ったまま音量だけを積み上げていく演奏は、行進が近づいてくる感じが出ます。聴き比べのときは、コーダの入り方を基準にすると違いが分かりやすいはずです。

構造から聴き直す

整理します。実測して見えたのは、次の3点でした。

実測した事実そこから読めること
イ短調とイ長調が三度入れ替わる(転調ではなく長短の交替)行進の一定さを壊さずに色だけ変える設計
主要ブロックのすべてに反復記号が付く「また来た」の体感が、Aの回帰回数ではなく反復で作られている
コーダが単一ブロックとして最長で、イ長調に着地する短調で始まった楽章が長調で終わるための時間

「トルコ風」という指示は、装飾ではありませんでした。反復の多さも、調の扱いも、コーダの長さも、すべて行進を音楽の構造に翻訳した結果として説明がつきます。

次に聴くときは、左手の刻みが止まる瞬間と、調が切り替わる瞬間を追ってみてください。3分ほどの曲のなかに、驚くほど整理された設計が見えてきます。