ベートーヴェンという人間 「楽聖」で片付けないために

赤いスカーフを巻き楽譜と鉛筆を手にしたベートーヴェンの肖像画に、「遺髪の鉛は通常の64〜95倍。」の見出しを重ねたアイキャッチ
画=Ludwig van Beethoven/Joseph Karl Stieler(Wikimedia Commons, パブリックドメイン)/文字は編集部

ベートーヴェンには「楽聖」という呼び名があります。音楽の聖人。悪い呼び名ではありませんが、この言葉を使った瞬間、話が終わってしまうところがあります。偉人という枠に入れると、そこから先を知らなくてよくなるからです。

ところが、この人についてはいまも新しい事実が出てきています。しかも、死因という一番わかりやすい部分の結論が、ここ数年で二度ひっくり返りました。

2023年と2024年、二つの研究チームが彼の遺髪を調べました。片方はDNAを、もう片方は含まれる金属を。出てきた数字を並べると、「楽聖」ではない姿が見えてきます。

まず、基本の事実

生没1770年 ボン生まれ 〜 1827年3月26日 ウィーン没(56歳)
立場古典派からロマン派への橋渡し
持病20代後半から進行性の難聴。慢性的な消化器の不調。晩年に重い肝疾患
転機1802年「ハイリゲンシュタットの遺書」。難聴への絶望を綴りながら、創作は続けた

難聴が進んだあとに交響曲第9番を書いた、という話は有名です。ただ、難聴だけが彼の不調ではありませんでした。生涯を通じて腹痛に悩まされ、最後は肝臓を悪くして亡くなっています。この「複数の病気を抱え続けた」という点が、近年の研究の出発点になります。

2023年:DNAが、通説の土台を崩した

2023年3月、ケンブリッジ大学のティム・ベグらのチームが『Current Biology』に論文を出しました。ベートーヴェンのものとされる8房の遺髪を集め、DNAを調べたものです。

まず、8房のうち「ほぼ確実に本人のもの」と判断できたのは5房でした。その5房から、彼のゲノム(遺伝情報の全体)を読み解いています。

ここで問題が起きました。残りの房のひとつ「ヒラーの遺髪」が、女性のDNAだったのです。

なぜそれが大問題だったか

この「ヒラーの遺髪」こそ、それ以前に「ベートーヴェンは鉛中毒だった」と主張した研究が使っていたサンプルでした。つまり、本人ではない誰かの髪を測って、彼の死因を論じていたことになります。

この時点で、鉛中毒説の根拠はいったん消えました。多くの記事が「鉛中毒説は否定された」と書いたのは、このためです。

代わりに見つかったもの

  • B型肝炎ウイルスの感染:少なくとも最期の数か月の時点で感染していた痕跡が、髪から検出されました。
  • 肝硬変になりやすい遺伝的体質:肝硬変のリスクを示す指標が96パーセンタイル、つまり100人中上位4人に入る高さでした。
  • 難聴の原因は不明:ゲノムを詳しく調べても、難聴と消化器症状の決定的な原因は見つかりませんでした。

遺伝的に肝臓が弱く、そこにB型肝炎の感染と飲酒が重なった。これが肝疾患の説明として示されました。

2024年:今度は、鉛が本当に出た

ところが翌2024年5月、別のチームが『Clinical Chemistry』に短い報告を出します。メイヨー・クリニックの金属分析ラボなどによるもので、今度はDNAで真正と確認済みの遺髪を2房、元素分析にかけました。

サンプル鉛基準値との比
ベルマンの遺髪(1820年末〜1827年3月に採取)258 µg/g約64倍
ハルム=セイヤーの遺髪(1826年4月に採取)380 µg/g約95倍
毛髪の鉛の基準値4 µg/g 未満

さらにヒ素が基準の約13倍、水銀が約4倍検出されています。

ただし、著者たちは慎重です。論文にはこう書かれています。この程度の鉛濃度は消化器や腎臓の不調、聴力の低下と結びつくことが多いが、死因そのものとするには高すぎない、と。

「鉛説」は、どのサンプルを測ったかで変わってきた(編集部作成) 〜2007年ごろ 「鉛中毒だった」 測ったサンプル=ヒラーの遺髪 難聴も死因も鉛のせい、と説明された 2023年 ゲノム解析(Current Biology) ヒラーの遺髪は女性のものと判明 → 上の根拠が消える 代わりにB型肝炎感染と、肝硬変リスク96パーセンタイルを確認 難聴の原因は特定できず 2024年 元素分析(Clinical Chemistry) 真正と確認済みの2房から、鉛 258 / 380 µg/g(基準は4未満) ヒ素13倍・水銀4倍。ただし著者は「死因とするには高すぎない」 長年の不調に寄与した可能性はある、という位置づけ
編集部作成。2023年と2024年の結論は矛盾していない。測ったサンプルが違う。

二つの結果は、矛盾していない

「鉛は否定された」と「鉛が大量に出た」。並べると混乱しますが、測ったサンプルが違うだけです。

2023年に否定されたのは「ヒラーの遺髪という特定のサンプルにもとづく主張」であって、鉛そのものではありません。2024年に測られたのは、DNAで本人と確認された別の房です。

整理すると、現時点で言えるのはこのあたりです。

  • 彼の体には、実際に高濃度の鉛があった(真正なサンプルで確認済み)
  • ただし鉛だけで死んだとは言えない(著者自身がそう書いている)
  • 死因としては遺伝的な肝臓の弱さ+B型肝炎+飲酒の組み合わせが有力
  • 難聴の原因は、いまだにわかっていない

当時のワインには保存や甘味づけのために鉛が使われることがあり、食器や薬にも鉛が入っていました。特定の誰かのせいというより、時代の環境という側面が大きい話です。

もうひとつの発見:Y染色体が合わなかった

2023年の研究には、死因とは別に、もう一つ気になる結果があります。

ベートーヴェンのY染色体が、同じ姓を持つ現在の親族5名と一致しなかったのです。Y染色体は父から息子へそのまま受け継がれるので、本来は一致するはずのものです。

研究チームは、1570年代から1770年代のあいだ、7世代のどこかで戸籍上の父と生物学上の父が違う出来事があったと結論づけています。

誰の代で何があったのかは分かりませんし、分かる見込みもあまりありません。ただ、「楽聖の血筋」という物語が、事実としては少し揺らいでいるということです。

「楽聖」の外側にあるもの

ここまでの数字を並べて浮かんでくるのは、こんな像です。

遺伝的に肝臓が弱く、環境から鉛を取り込み続け、原因不明の難聴で耳が遠くなっていき、腹痛に悩まされ、56歳で亡くなった人。気難しく、激しやすい性格だったと伝えられていますが、この体調で穏やかでいられる人のほうが少ないだろう、とも思えてきます。

1802年の「ハイリゲンシュタットの遺書」は、耳が聞こえなくなっていく恐怖を弟たちに宛てて書いたものです。彼はそれを出さずに手元に残し、そのあと25年生きて、交響曲第9番まで書きました。

耳が聞こえないのに書けたのがすごい、という言い方をよくします。それは間違いではありませんが、少し足りない気もします。聞こえなくなり、腹を下し、肝臓を壊しながら、それでも毎日机に向かった。そちらのほうが、実際に起きていたことに近いはずです。

「楽聖」で片付けると、この部分が見えなくなります。だから、死因の話をしました。

この記事のあとに

研究はまだ動いています。難聴の原因は特定されていませんし、遺髪は今も各地に散らばっていて、真正性の検証が続いています。数年後にまた結論が変わる可能性は、十分にあります。

そのときは、この記事も書き直すことになります。それでいいと思っています。生きている人について新しいことが分かるのと同じように、200年前に亡くなった人についても、まだ分かっていないことがある。そういう相手として付き合うほうが、たぶん面白い。