同じ「ジャジャジャジャーン」が、こんなに違う 『運命』名盤6枚の聴き比べ

「ジャジャジャジャーン」の文字を大きく置き、「6枚、全部ちがう。」と続けたアイキャッチ

クラシックの不思議なところは、「曲を買う」のではなく「演奏を買う」ことです。同じベートーヴェンの『運命』でも、指揮者とオーケストラが変われば、速さも音の重さも変わります。最初の一撃の長さすら、同じではありません。ポップスでいえば、同じ一曲に何十通りもの公式音源がある、そんな世界です。

だからこそ、最初は戸惑います。サブスクで「交響曲第5番」と検索すると、数百件がずらりと並びます。どれを選べばいいのか、手がかりがありません。

この記事では、聴き比べのための「ものさし」を3つだけ用意して、歴史的に名盤と呼ばれてきた6枚を並べます。順位はつけません。伝えたいのは優劣ではなく、「同じ楽譜がここまで違って響く」という事実のほうです。

聴き比べの「ものさし」を3つだけ

比較というと身構えてしまいますが、全部を聴き分ける必要はありません。次の3か所だけを、同じ耳で追ってみてください。それだけで演奏の性格はかなり見えてきます。まずは曲そのものを、実際に聴いてみましょう。

♪ 試聴:ベートーヴェン『運命』第1楽章

“Symphony No. 5 in C minor, Op. 67” Musopen / Public Domain

ものさし1:冒頭の“ため”はどれだけ長いか

あまりにも有名な「ジャジャジャジャーン」の4つ目の音には、フェルマータ(音を好きなだけ伸ばしてよい記号)が置かれています。つまりどれだけ伸ばすかは、指揮者に任されているのです。短く切って前へ突き進む人もいれば、たっぷり伸ばして重い扉のように鳴らす人もいます。最初の10秒で、その演奏の性格はほぼ決まります。

ものさし2:テンポは「重い」か「速い」か

ベートーヴェンは第1楽章に、「2分音符=108」というメトロノーム記号(テンポを数字で指定する指示)を残しました。これはかなり速い指定です。しかし20世紀のオーケストラはそのまま採らず、より重厚に演奏するのが主流でした。20世紀末以降になると、当時の楽器や奏法を研究する演奏家たちが、速いテンポを取り戻していきます。「重い運命」と「速い運命」は、曲のとらえ方の違いであって、どちらかが間違っているわけではありません。

ものさし3:第3楽章から第4楽章への“橋”をどう渡るか

この曲いちばんの見せ場は、楽章のつなぎ目にあります。暗い第3楽章がすうっと静けさに沈み、切れ目のないまま、第4楽章の輝かしいハ長調へなだれ込むのです。ここでどれだけ息をひそめ、そのあとどれだけ光を爆発させられるか。演奏の底力が出る場面です。

名盤6枚を、時代順に

フルトヴェングラー/ベルリン・フィル(1947年)

第二次大戦後、フルトヴェングラーは非ナチ化裁判(ナチスへの協力を審査する裁判)を経て、ベルリン・フィルの指揮台に戻りました。これはその復帰演奏会のライヴです。同じプログラムが1947年5月に数日にわたって演奏され、25日と27日の記録が音源として伝えられています。音質は当然ながら古く、モノラルです。

それでも聴き継がれてきたのは、その夜にしか生まれなかった熱が、そのまま刻まれているからです。テンポは大きく揺れ、終楽章に向かって、熱は手がつけられないほど高まっていきます。「録音とは記録である」と痛感させられる一枚です。最初の一枚には向きませんが、いつか必ず戻ってくることになります。

トスカニーニ/NBC交響楽団(1952年)

フルトヴェングラーとよく対比される、厳格なリズムの人です。1952年3月、ニューヨークのカーネギー・ホールでの演奏が音源として残っています。感情でテンポを動かさず、オーケストラ全員の音の出だしをぴたりとそろえて突き進みます。

「楽譜に忠実に」という20世紀の演奏の考え方が、もっともくっきり形になった演奏のひとつです。前の一枚と続けて聴くと、驚くはずです。同じ時代に、これほど正反対の解釈が並び立っていたのですから。

カラヤン/ベルリン・フィル(1961〜62年)

カラヤンは生涯に何度もこの曲を録音しました。その中でまず名前が挙がるのが、1960年代の全集です。第5番は1962年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会でのセッション録音(演奏会ではなく、レコードのための録音)です。

磨き上げられた弦のつやと、どの瞬間も設計図どおりに音が積み上がる緻密さ。多くの人が「ドイツの重厚なオーケストラの音」として思い浮かべる響きは、かなりの部分がこの録音群によって作られました。基準になる一枚を持っておきたいなら、まずここです。

カルロス・クライバー/ウィーン・フィル(1974年)

1974年3月と4月の録音です。生涯にごくわずかしか録音を残さなかった指揮者の、代表作にして名刺代わりの一枚です。速く、鋭く、しかし乱暴ではありません。弦の刻みが弾むように前へ跳ね、細部まで意志が通っています。

「はじめの一枚を1つだけ」と言われたら、多くの愛好家がこれを挙げる——それくらい、決定盤として扱われてきました。迷ったら、ここから始めて構いません。

ガーディナー/オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク(1993年)

ベートーヴェンの時代の楽器(ピリオド楽器)を使った演奏です。第5番は1993年3月、ロンドンでの録音です。ガット弦(羊の腸から作った弦)の細身で乾いた音に、音を揺らさない奏法。トランペットも当時と同じ作りの楽器で、鋭く割れるように鳴ります。

慣れた耳には、最初は「軽い」と聞こえるかもしれません。しかしテンポが速いぶん曲の骨組みが透けて見え、和音の変化が手に取るようにわかります。この全集は、1994年のレコード・アカデミー賞を受けました。

クルレンツィス/ムジカエテルナ(2018年録音)

現代のトップランナーです。2018年にウィーンのコンツェルトハウスで収録され、ベートーヴェン生誕250年にあたる2020年にリリースされました。強弱の落差が極端です。ささやくような弱音から、殴りつけるようなアクセントまで、聴き手を落ち着かせる気がまるでありません。

賛否は今も割れています。だからこそ、「名盤とは、時代が更新し続けるもの」だと確かめるには格好の一枚です。

で、どれから聴けばいい?

実用的な提案をひとつ。まずクライバー盤を、通して1回聴きます。次にガーディナー盤で、冒頭の1分だけ。最後にフルトヴェングラー盤で、第3楽章の終わりから第4楽章の頭までを聴きます。

合計で40分ほどです。この順番だと、「速さ」「音色」「熱」の3つの違いが順に立ち上がってきます。聴き比べという行為そのものが、面白くなってくるはずです。

そして、いつかどれかの演奏を「自分の運命」と呼びたくなったら、それが沼の入り口です。ようこそ。

作品情報

作品名
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 作品67(通称『運命』)
作曲年
1804〜1808年
初演
1808年12月22日/ウィーン、アン・デア・ウィーン劇場(作曲者自身の指揮)
演奏時間
約30〜35分(提示部の反復の有無、テンポにより変動)
編成
2管編成+ピッコロ、コントラファゴット、トロンボーン3(第4楽章から加わる)
本記事の盤
フルトヴェングラー/BPO(1947)、トスカニーニ/NBC(1952)、カラヤン/BPO(1962)、C.クライバー/VPO(1974)、ガーディナー/ORR(1993)、クルレンツィス/ムジカエテルナ(2018録音)